「世界」は優しい「パラレルワールド」 〜成恵の世界〜
聞いて香奈花。
ママは自分を正しいと信じてここにいる。
でも一方で迷ってもいる。
だから私の真似なんてすることはないの。
このほうがいい、ママより正しい、そんな考えが、世界が、きっとある。
いつか大人になったとき、あなたの答えを聞かせて。名越晴香
id:izuminoさんが猛烈にプッシュしていたので思わず手にとってしまいました。
漫画購入録/丸川トモヒロ『成恵の世界』10巻 - ピアノ・ファイア
それからずるずるずるずると、二日で最新刊まで後一歩というところにこぎつけました。やめられない、とまらない。
- 作者: 丸川トモヒロ
- 出版社/メーカー: 角川書店
- 発売日: 2000/06
- メディア: コミック
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この作品は七瀬成恵という宇宙人のハーフとその恋人・飯塚和人のふたりと、その仲間たちを巻き込んだ大SFスペクタクル…、のはずなんだけれども、「どこから読んでも大丈夫」な、日常に立脚した、三話以上の続編がない、地に足ついたお茶の間SF。でも、その「世界」は「宇宙」は、限りなく広く、優しい。
私がこの作品に感じる優しさは「公平性」にあります。
私も齢ウン十年。色々な漫画、小説、エロゲその他創作物と付き合ってきました。その中で通低した法則があります。それは
「主人公が正当性を有する」
ということ。どの作品でも主人公は正しくなくてはならない、少なくともその行為が我々の価値観にどこか合致しなければ受け入れられない、ということ。しかし、争いや葛藤の要素がない創作はありません。しかも自分ひとりでなく、他者を巻き込んだものが大半です。
他者を巻き込む際、その他者と比して主人公は正当性を有してなければなりません。そうでなければ受け入れられない。それゆえに少年漫画では主人公は他者に勝利し、少女マンガではヒロインは彼氏を勝ち取るけれども、「正当性」がある故に、相手を蹴落としても読者に支持される。
でも、この「成恵の世界」は決して主人公シンパのみで話を進めていない。
例えば成恵。彼女はあけすけでひたむきな少女です。自分の信じたことは意地でも通す頑固さを持ち合わせています。では彼女の行為は「正当性」を有し続けているか、それが保障され続けているか、というと実は少し心もとない。
二巻ではその様子が多々見えます。
- 作者: 丸川トモヒロ
- 出版社/メーカー: 角川書店
- 発売日: 2000/09
- メディア: コミック
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第十三話では、幼年時代に彼女を見守っていた永岡四季の存在を、再会するまで深く認識していなかったことがうかがえます。
これらは皆、成恵の一途、ひたむきさから来るものです。しかしそれは善い面としてばかり発揮されるのではなく、悪い面としてもきちんと示されている。彼女の性格の明暗両方区別なく示す。「皆から好かれ」「愛される」。絶対的に正当性を有する存在として主人公を描写することを、この作品はあえて避けています。
そう、「成恵の世界」は主人公を、主人公の「視点」を特別視していない。「公平」であろうとする作品なんだと私は思います。
だから、一見「悪役」として描かれているキャラも、解釈によっては容易に反転しうる。
例えば成恵の伯母。彼女は二度登場します。第二十九話では妹である成恵の母に愚痴をこぼし、父を胡散臭げに見る悪役風に、第四十五話では成恵を心無い他人の声から守る善人風に描かれます。
では、成恵の伯母は改心したんでしょうか。それは否だと思います。そもそも改心でもなんでもなく、伯母は伯母のメンタリティーのまま、この二つの行動を行っていると私は考えます。本編では描かれてはいませんが伯母の視点からすれば、奔放な成恵の母に何度困らされたかわからない。そういう推測も可能です。
第三十九話のゲストキャラクター・白石幹夫も主人公サイドですが決して善玉としては描かれてはいません。人の事はあまり考えないあけすけな発言や、自分の行動原理を最優先する困ったチャンです。私は悪役として描かれたはずの美術部部長の方にどちらかというとシンパを感じてしまいます。いや、そういう余地をこそ意図的に残して描いているのでしょう。
「成恵の世界」は皆を限りなく「公平」に扱おうとする世界。その「玉」も「瑕」も。
そんな公平な世界。袖振り合った他人を傷つけてしまうかもしれない不安定な世界。ここでは「世界」すら「絶対的」な「正当性」を持ちえず「並存」している。パラレルワールド、本当に文字通りのパラレルワールド。*1
でも、だからって怯えてすくんでいるわけにはいかない。だから成恵は成恵なりの、和人は和人なりの、香奈花は香奈花なりの正しさで行動し、その結果を背負わねばならない。例えその結果が我が身の破滅、
我は敗北した。だが、おまえたちの信じるものが世界の全てではない。
ゆえに我は退場する。我としてあり続けるために。
武伏
という言葉と共に消え去る運命が待っていようとも。
誰もが「世界」を持っていて、誰もが「世界」の正しさを信じている。そして誰もが少し歪んだ「世界」のなかにいる。そんな「成恵の世界」はとても「公平」で、とても「厳しくて」、そして、それなのに、「優しい」世界。みんなのためのパラレルワールド。*2