かけまくもかしこし史(ふひと)

かけまくも、かしこし史(ふひと)。
言葉(ことのは)は風に消え行く芥(あくた)。
心音(こころね)は闇に溶け行く海藻(かいも)。
行く川の流れは絶えずして、心も言もさらさらくだる。
流れに棹指すは文(ふみ)。
風になびかぬは史(ふひと)。
人は今日、昨日を忘れ、明日、今日を忘れる。
人は今、今を忘れ、後今を得る。
「時よとまれ、そなたは美しい」
己を今を、今を己を、賞玩するためには、契約書が必要。
血と刻で認めた文字のみが、己を離れ、己を見せる。
己の老廃物を、垢を見ること、それが己を赤の他人とする。
手垢にまみれた垢の他人。
そうした他人が寄り添って、主人に内緒でよりそって、ひそひそひっそと会合ひらく。
それが歴史だ。
我という、赤の他人が認(したた)めた。元の流れのミスリード
それが歴史だ。
我が身の、骨をみるより、腐った、体を見るより、遥かに、永久に、誰かに愛される。
私が身の、遺漏を勘案なしに、無念存念切り捨てて、それは私になりかわる。
それが歴史だ。
歴史は勝者のものでも、敗者のものでもない。
献体してしまった者の、迂濶さなのだ。
倦怠してしまった生の、迂濶さなのだ。
プラーグの学生が消えたのちも、ふらり漂う切なき、二重影にすぎない。
かけまくもかしこし史(ふひと)。
禁断の果実はパンのみにあらず。
のどぼとけ震わさぬ存心こそが、無花果の葉をまとわせたのだ。
ああ。