毒電波2

昨日は電波少女・月島瑠璃子が出てきたところで終わりましたが、今日はその続きです。

月島瑠璃子はかなりキています。彼女の第一声が
「長瀬ちゃん、・・・電波とどいた?」
であることからもそれは伺えるでしょう。しかも初めて話す主人公に対していきなり「ちゃん」付けです。ちょっとデンパが入っている主人公もさすがに本物の電波の前にはたじたじです。すっかり常人にもどったリアクションをしています。彼女が主人公である長瀬祐介を「長瀬ちゃん」と呼び、彼に近づいたのは「毒電波」を使って暴走していく兄・月島拓也を止めるためでした。ここで出て来るのが作品のメインテーマ「毒電波」です。
「毒電波」とは脳の情報伝達を促す電気信号を他人に対して発信することを指します。この電波を受けた人間は相手の意のままに脳を操られてしまうのです。月島拓也はその電波を使って自らの所属する生徒会のメンバーを性奴隷にして、あまつさえ自分の電波を僧服させて世界中の人間を性行為だけを繰り返す獣へと貶めようとしていたのでした。月島瑠璃子はそんな兄に対抗する電波の持ち主を屋上でずっと、ずっと待っていたのでした。己の電波を発信しながら。この作品・主人公は長瀬祐介でありながらストーリーの根幹にいるのは月島瑠璃子であり、敵である彼女の兄の葛藤なのです。
ここで注目したいのは主人公の他にストーリー全体の中心となるキャラクターがいるということです。複数ヒロインの学園モノにおいてはこの発想は画期的なものだったのではないでしょうか。サウンドノベルの歴史と照らし合わせて以下にその新しさを考えてみたいと思います。
サウンドノベルの元祖はチュンソフトの「弟切草」です。これは人造人間キカイダー怪傑ズバットの脚本家・長坂秀佳を脚本として迎えたもので、スーパーファミコンで発売されました。マルチシナリオという今では周知のものとなったシステムもこの時に導入されます。チュンソフトが続いて発売したのが「かまいたちの夜」でこちらは小野不由美綾辻行人などで有名な京大ミステリー研究会の一人、我孫子武丸を脚本に起用しています。前作のマルチシナリオシステムを生かしながらも、今作は際限なくシナリオが分岐されるのではなく殺人事件の犯人を逮捕するという最終的な目的が主軸に置かれました。このかまいたちの影響か、以後のサウンドノベルの主流は18禁以上、以下含めて探偵モノとなります。そう、「雫−しずく−」が出るまでは。
このニ作品はそれぞれビジュアルノベルの二つの方向を示しています。弟切草は主目的が無く、分岐によってあらゆるジャンルのストーリーが展開する「演繹」の方法を取っています。枝分かれするストーリーは一つの解決へと向かうわけではなく、無数のパラレルワールドへと分化していくのです。「雫」もヒロインの分岐にこの方式を採用していますし、現在のギャルゲーの多くが分岐するストーリーをそのまま一人のヒロインに当てはめ、「弟切草」の演繹法を使用しています。
一方「かまいたちの夜」は「犯人を探す」という目的に向かって進む帰納法です。途中で犯人に殺されたりとバッドエンドの分岐はするものの究極の目的は犯人当てであり、物語はその方向に修練しています。エロゲーでこの方式を取るものはサスペンスを主軸としたゲームが主となります。エルフの「河原崎家の一族2」はこの帰納法を最も生かしたゲーム作りをした作品といえます。機会があったらやってみてね。
で、「雫−しずく−」の画期的なところはこの演繹と帰納をそれぞれ取り入れて使用しているところです。
演繹…ヒロインを三人に分け。それぞれのシナリオに分岐させている。どれも事件の一側面でありながら、優劣があるわけではない。
帰納月島瑠璃子が基本的には事件の幕を引く人間であり、彼女と兄の葛藤、月島拓也の凶行を止めるという最終的な目的は全シナリオで一致する。
このように「弟切草」、「かまいたちの夜」双方の理論を成り立たせているのが「雫」という作品なのです。
また月島兄妹を中心に話が展開しているところにも注目しなければなりません。この「雫」世界の根幹をなすのは毒電波使いの月島兄妹であり、いくら新城さんに萌えても、彼女はメインヒロインではなく、作品の主題と密接に関わる月島瑠璃子がメインヒロインなのです。主人公は読者視点での主観でありながら、作品の主題に対しては客観的な立場に置かれ、主題たるメインヒロインと触れ合うことで初めて主題の一部となりうるのです。この「雫−しずく−」で開発された(とおぼしき)方法論は、Leafよりもkey作品の主要な方法論になり、「kanon」や「AIR」において消費しつくされることになります。またこの立場はよく見れば「最終兵器彼女」にも共通しますね。 意外と「セカイ系」と呼ばれるものの根幹は、主人公と読者の切り離しによる客観化にあるのかもしれませんね。主人公が自分でなければ主観といえども平気で殺せるから、トゥルーエンドですら。
そう、「主人公の切り離し」も「雫−しずく−」を語る重要な要素の一つです。「雫」以前の作品は恋愛主題のエロゲーなら主人公はプレイヤーと同一化されました。一方サスペンス系のエロゲーにおいては探偵や捜査官といった特殊な主人公が用意され、プレイヤーとは切り離されました。「雫」はこの二つを入れ替えているのです。主人公の長瀬拓也は世界の破滅を妄想する男です。プレイヤーとは、どう考えたって同一視できません。それなのに恋愛主題のゲームの主人公なのです。これ以降、恋愛ゲームの主人公がプレイヤーと切り離されることによってその個性化が進展し、key作品のひねくれもののアイツ(全作品の主人公)の登場する地盤となります。分かりやすく言えばドラクエのしゃべらない、名無しの主人公から、FFの主人公になったといえばよいでしょうか。
作品世界はサスペンスであり、主人公も特殊でありながら、ヒロイン攻略型の恋愛ゲーム。それまでのエロゲー界から見ればなんともアンバランスな位置づけ、それなのに、いやそれゆえにこそ「雫−しずく−」は以後のビジュアルノベルの根幹となり「ギャルゲー」という概念が作られる礎となったのです。そしてこれらの要素は以後のLeafビジュアルノベルによって強化されていくことになります。明日やるか、明後日やるか、もうやらないかは不明ですが次回は、

「♪一番上は長女、一番下は四女、真ん中二人は次女三女〜、柏木四姉妹!」
ということで、Leafビジュアルノベル第二段「痕−きずあと−」を取り上げます。
つづく