敗者の歯医者 死界の歯科医

そうだ、お前は勝った。
勝ったものは生き残り、負けたものは地獄に堕ちる。しかしこれだけは覚えておくがいい。
勝ったものは、常に負けたものたちの恨みと怨念を背負って生き続けているのだ。それが戦って生きていくものの定めだ!

(女ヤプール)
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勝者とは決して手放しで祝福される存在ではない。その影には常に敗者の怨念が付き従うのである。ウルトラマンA48話「ベロクロンの復讐」は勝者と歯医者の物語。
ウルトラマンAこと北斗星司は、彼が倒した怪獣ベロクロンの夢を見る。その夢は虫歯の痛みと共に彼に鈍痛を与えていた。その痛みに耐えかねて場末の歯医者を訪れる北斗。白い監獄のような部屋、壁に架けられた能面、白装束に身を包む女医。それが彼が訪れたQ歯科であった。
女医に施術によって歯の痛みは完治する。しかしそれと同時に街中にベロクロンが現れる。応戦する北斗。しかしそれは彼だけに見える幻であった。虚空に向け発砲を繰り返す北斗を取り囲む機動隊。そして仲間であったタックの隊員。彼は目の前のベロクロンについて必死に説明する。
「なぜお前たちは俺と一緒に戦わないんだ!」
そんな北斗を憐れむ目、目、目。皆の目には北斗の声は狼少年の叫びにしか聞こえないのである。謹慎処分を受ける北斗。しかし、ベロクロンは再び現れた。北斗は思う、また幻覚だと。自分は狼少年ではない、と。しかしそれは本物だった。追い詰められた北斗はウルトラマンAに変身。ベロクロンを葬り去る。
事件の後、一人歯医者に向かう北斗。そこに女医はいた。白い能面を被るその女は北斗が滅ぼしたヤプール人の残党だったのだ。詰め物に幻覚剤が仕込まれていたのだ。すでに勝敗はついている。と復讐の不毛さを説く北斗。そんな彼にヤプールは語る。
「勝者は敗者の恨みを背負って生きつづけろ」と。
飛びかかる女を撃つ。割れる能面。斃れる女。それと共にQ歯科は廃墟へと変貌するのだった。仲間に報告する北斗。
「そんな歯医者なかったでしょ」
「それが・・・あったよ、そして消えてなくなった」


この話、一見敗者の復讐劇に見えます。しかし私はこれを勝者の物語と捉えました。この話は勝者=北斗星司の主観で語られており、敗者=女ヤプールはその添景物でしかありません。かつQ歯科が跡形もなく消えてしまったことにより、敗者の実在を証明することは不可能になってしまったからです。逆に考えると北斗は最初から幻覚の中にいたのではないでしょうか。
勝者には二つの選択肢が有ります。
勝者の痛みに耐えて生きるか?
幻想に逃げて自分を正当化するか?
北斗が歯に感じていた鈍痛は「勝者の痛み」だったのではないでしょうか。それは勝者が抱える義務としての痛み。しかし、彼はそれを抑えようとした。勝者の痛みから逃げようとした。そのため、幻覚が肥大化し、敗者の象徴・ベロクロンが現れたのでは。我々はあくまで北斗主観でこの物語を見ているに過ぎません。北斗が最初から幻覚の中にいて、単にベロクロンがタイミングよく現れたに過ぎず、Q歯科医も女ヤプールも実際には存在しなかった。それが現実であっても何ら不思議はないのです。
勝者。生きとし生ける全ての人は何らかの勝者として生き延びているのです。そんな生が味わう鈍痛は、勝者である我々の義務であり、かつ我々をこの世界に引き止めているものなのではないでしょうか。その「勝者の痛み」を忘れたとき、我々は幻想に溺れ、敗者の世界に引きずられる。
最期、北斗はQ歯科の存在を訴えることをやめました。彼は「勝者の痛み」と共に生きていく覚悟をしたのでしょう。
それを人は「業を背負う」と言います。