人皆越える雪の峠
先週の土曜にid:izuminoさんにマンガの教授を頂いて以来、ひたすらマンガを読みまくっております。で、今回紹介したいのはこの作品。
- 作者: 岩明均
- 出版社/メーカー: 講談社
- 発売日: 2001/03/21
- メディア: コミック
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関ヶ原の合戦を終えた直後の戦国大名・佐竹氏。関ヶ原で西軍に組し、それまでの領地であった常陸から出羽へと国替えになったこの家では家臣団の対立が生じていました。
一方は当主・佐竹義宣の意向を受けた若手の家臣団。もう一方は旧来の老臣たちです。老臣は戦国の世、己一人を頼みとしていた時代を懐かしがることしきりでした。そんな彼等のメランコリーの象徴が北国から「峠」を越えて、関東に武勇を轟かせた上杉謙信だったのです。これが一つ目の「峠」。
老臣たちの不満はもう一つありました。それは関ヶ原において旧来の所領・常陸一国を召し上げられ、北の地へと追いやられたこと。彼等は「峠」の向こうの常陸を、故郷を回想します。これが二つ目の「峠」。
彼等はそんなやるせない気持ちを、新興の家臣団に反発することで解消しようとします。それが新しく築く城下町の選定を巡る対立へと結びつくのです。老臣は過ぎ去った過去と言う「峠」、彼方にある故郷という「峠」を常に意識し、そこへの帰還を求めるのです。だが、彼等は忘れていました。もう一つの「峠」を。それは「人生の峠」です。
時間や空間はあまねく我々を包んでいます。これは比較的共有しやすいものです。一、二の「峠」はそれを理解してくれる人、分かち合える人を探すのは困難ではありません。しかし、第三の「峠」である人生の峠は違います。人は必ず老います、そして老いの先には世代交代が待っているのです。老人は忘れています。自分たちが築き上げたと思っている地位は彼等の前の「老人」たちを追い出して得たものだということを。そして彼等もまた退かねばならぬ日が来たということを。
老臣の中でもそれに思いを致せたのは梶原美濃守*1ぐらいでした。彼は己が「峠」を過ぎたことを悟り、一人密かに佐竹家を出奔します。しかし他の同僚は己の不満が「老い」から来るものだとは認識できず、家中でメランコリーを振り回すことをやめませんでした。
結果、彼等を待っていたのは主君による誅殺でした。
老臣の一人は「常陸へ、峠の向こうへ還りたい」と漏らして死んでいきます。しかし、帰るところは、本当に帰りたいところは時間や空間ではなく、「若かりし日の自分」という肉体だったのではないでしょうか。「還る」という漢字を当てたことが表すように。
しかしそんなものは、もはや、どこにも、ないのです。
彼等は人生という「峠」を越えてしまったのだから。
それは、戻ることのない、ピークなのだから。*2