ニコニコ受胎告知 〜MADの狭間に生ずる命についての考察〜

ニコニコ動画がゆっくりですが、確実に、次のフェイズに移行しつつあるようです。

前日、一位をとったこの動画。歌うは我らが初音ミクですが、ムービーの中ではミクは脇役で、主人公は森之宮神療所☆の「先生」というキャラです。
この動画こそがニコニコの現時点での最先端である、と私は考えています。そう、ついにニコニコに蓄積されたあまたのキャラクターのデータベースはオリジナルを生み出すまでに至ったのです。今回はニコニコ動画が「先生」を受胎するまでの前史を振り返り、近年の動向と併せて考察を進めていきたいと思います。
初音ミクの新しさとは〜東方のニコニコ動画での影響力4〜 - マントラプリの生涯原液35度
以前私は初音ミクの新しさについて以下のように述べました。

キャラクターと声に既存ないしはオリジナルの歌詞、歌曲、さらには映像までも当てはめる(初音ミク形)

従来のMADがキャラクターと映像、設定をオリジナルに依拠していたのに対して、初音ミクを中心としたヴォーカロイド動画はキャラクターのみ既存のものを使い、楽曲、イラスト、ストーリーはユーザーが用意した新しいものを使用している点に、先進性があるとの趣旨です。
で私の予見どおり、ヴォーカロイドMADはその量が増えれば増えるほどに、初音ミクのキャラクター付けを明確化していきました。そう、ニコニコ動画という空間の中でキャラ付けが行われる、「ニコニコ動画より生まれたネットアイドル」。それが初音ミクだったのです。
そしてこのヴォーカロイドシステム*1は、既存のソフトだけでなく、あらゆるものに反映されていきました。
兄貴

ドナルド

ヤンデレ

ドイツ製ヴォーカロイド

これらヴォーカロイドシステムの申し子たちは、初音ミクが切り開いた方法論を適用して、既存の楽曲に無理やりケツドラムやセリフを合わせ、あらゆる楽曲との融合を果たしていきました。そしてここが重要なポイント、
「楽曲に併せて挿入される映像は、ヴォーカロイドたちの動きを音楽に併せてミキシングしたものである」
ということ。この映像と音による刷り込みによって、本来はキャラクターとして製造されていなかったはずの「兄貴」や「ドナルド」が、ニコニコユーザーによって新たなキャラ付けをされていくに至りました。これは初音ミクのキャラクター付けとまったく同じ論理と方法によって行われていることなのです。
元々ヴォーカロイドでないヤツラまでもがヴォーカロイドとして消費され、同時にキャラ付けがなされていく。この「ヴォーカロイドシステム」は近年のニコニコにおける方法論の主流となっております。
と同時にヴォーカロイドシステムの本流である「初音ミク」はさらに先進的な動きを示し始めました。それは「ニュートラルキャラクター」としての活動です。ということで、その代表的作品。

護法少女ソワカちゃん。この作品は初音ミクの造形と声を使いながらまったく別の背景とキャラクターを持つ真言護法少女ことソワカちゃんを創造しました。これは初音ミクが元々はイラストだけで明確なキャラクターとしての特質はなかったという「ニュートラル」な性質を最大限に生かして、まったく別の創作をしてしまった例です。
さて、これまでの論を整理してみましょう。初音ミクと、その派生動画は以下の要素が含有されています。
ヴォーカロイドシステム…声、奇声、ケツドラムなど、あらゆる音を音楽として認識し、既存の曲に合わせる。かつ、その音を発するキャラクターを楽曲と組み合わせて特徴付ける。
ニュートラルキャラクター…ヴォーカロイド固有の現象。声とイラストのみで「個性」や「性質」が最初から用意されていないため、あらゆる設定に適合できる。
森之宮先生」はこの二つの要素の複合によって作られています。「ニュートラルキャラクター」の性質によって、歌っているはずの初音ミクの存在自体を脇役にして、「ヴォーカロイドシステム」の普及によってあらゆるキャラクターがヴォーカロイドになり、画面に登場することに人々が違和感を感じない。この潮流を生かしてまったく背景(バックグラウンド)の無いキャラクターを挿入することに成功した。背景も、性質もまったくない、ニコニコの中で育まれた純然たる一次創作。二次創作の狭間に受胎した存在。
この意味が、これからジワジワと効いてきますよ。「二次創作の集積が、集合意識が一次創作を生む」ということ。
その意味に人々が気づきだしたとき、この「森之宮先生型」は歴史に残る方法論になるでしょう。「集合的一次創作」という新たなセカイへの。

*1:ある意味「空耳アワー」システムともいえるが、この名称では「キャラクター」の集積という要素がないのでここでは採らない