伊上勝の方法論

特撮とは、「呪い」です。
私にかけられた「呪い」です。
六歳のときにレンタルビデオで見た、仮面ライダー58話「怪人毒とかげおそれ谷の決斗」これが私の人生に特撮という「ギアス」をかけたのです。
「特撮の何が好きか?」人によく聞かれます。「生身のアクション?」「ヒーローの造形?」「勧善懲悪?」「ドラマ性?」
そんなものは、実はどうだっていいのかもしれません。私が特撮に惹かれたのは、原初の段階で私を虜にしたのは、怪人による、そして怪人に対しての「虐殺」です。それ以上でも、それ以下でも、ありません。
皆さんは知っているでしょうか。泡となって消える緑川博士を。毒針で溶解する伊東老人を、抗弁もむなしく蜂女に虐殺される戦闘員を、コブラ男に溶かされる犬を、美女の血を吸うゲバコンドルを、自身の溶解噴霧でドロドロに解けるピラザウルスを、水底にへたり落ちるヒトデンジャーを、渓谷に消えるドクガンダーの繭を、培養液に浮かぶ死刑囚を、セメント詰めになる眼球を、三葉虫に血を吸われる工作員を、トリカブトで解ける再生怪人を、カビまみれになって消える人間を、イソギンチャックに飲み込まれる安藤三男を、桧原鍾乳洞で化石にされる五郎を、十字架に取りすがって足掻くジャガーマンを、手足をバタつかせて消えるゴキブリ男を、ドクモンドに地中に引き込まれる人間を。

そして、毒トカゲ男に溶かされて紅い塊になって消える、助手を。

仮面ライダー58話冒頭で、毒トカゲ男の攻撃を食らい、Xアルファー液という蘇生剤の研究をしていた研究所の助手は消えました。下が現場です。仮面ライダーの撮影が行われた生田スタジオの上の丘にある道路。

忘れもしませんよ。あの紅い人間の残滓を見てから、私は特撮の虜となったのです。
さて、上に記したように仮面ライダー(初代)のフォーマットとして、番組の冒頭に怪人にやられる犠牲者が登場します。これは怪人の恐ろしさを表現すると同時に、その特殊能力を描写する役割を果たしています。また、怪人の非道さを描写することによって、ライダーに怪人を殺害する大義名分与える「勧善懲悪」の意味づけもあります。
平成ライダーにおいてクウガやアギト、響鬼などにはこの「虐殺シーン」の伝統が息づいています。特にクウガにおいては「虐殺」自体に「ゲゲル」という名称が付され、番組のテーマにまで昇華されていました。仮面ライダーシリーズにおいて「原点回帰」が謳われる時、必ず組み込まれる要素がコレです。*1まさに仮面ライダーのフォーマットを代表するものといえましょう。
初代ライダーにおいて、この虐殺をプロデュース(何か変な言葉だな)したのが昭和ライダーシリーズのメインライター・伊上勝(いがみまさる)。井上敏樹の父親です。
氏が同時期に担当した作品、人造人間キカイダー超人バロム1イナズマン、ほぼすべてに冒頭の虐殺シーンがあります。ということは、この「虐殺」は仮面ライダー固有の要素ではなく、70年代前半の伊上脚本の要素と言うことができましょう。
その萌芽は氏が60年代後半に担当した、一連の水木しげる原作の特撮にあると私は考えています。先日紹介した「河童の三平」二話「人食いマンション」や三話「吸血自動車」の段階で、このフォーマットはもう完成しています。
で、さらに遡れば東映の本格特撮の第一作目「悪魔くん」。こちらは一話からタクシー運転手が目をくりぬかれて殺されています。しかしこの回の脚本は伊上勝ではなく高久進*2です。で、悪魔くんでの伊上の初脚本、三話「ミイラの呪い」で、警察官がミイラの包帯に巻きつかれ、白骨化しています。
これらを鑑みると、「虐殺」シーンは伊上勝の専売特許ではなく、「悪魔くん」のコンセプトとして脚本以前の段階で決められていたと考えられます。伊上や高久はそのコンセプトにしたがって執筆していったのでしょう。そして、「虐殺シーン」は以後の東映特撮の名物として特徴付けられるとともに、伊上脚本の特色となったのではないでしょうか。
予断ですが「悪魔くん」で確立された「虐殺」の方法論。元ネタはのっぺらぼうの怪談などに見られる「再度の怪」というギミックではないでしょうか。これは一度驚かされた人間が、安心したところでもう一度驚かされるというやつです。

一度、怪奇現象やその予兆で驚いた被害者が、二度目に怪人に遭遇し、驚かされると同時に殺される。

という伊上勝の方法論と合致します。
「再度の怪」を核とした東映特撮、伊上勝、および仮面ライダーの方法論は私に「特撮」の「呪い」をかけていきました。再度ならぬ三度、四度、百度遭遇してもその「怪」から抜け出せない。
特撮とは、「呪い」です。

*1:アマゾン、スカイライダー、ブラック、クウガ響鬼

*2:マジンガーシリーズならびにメタルダーのメインライター。新東宝の「九十九本目の生娘」でデビュー。まさか「虐殺」の源流は新東宝のエログロ路線では!?ここらの話は「ナゼ我々は後楽園遊園地でボクと握手する羽目になったのか」というトピックで説明させてもらうかも…