第二十三『説林』下、第ニ『存韓』

動物にカイというものがある。ひとつの体に二つの口をもっている。
食事を争ってお互いにかみ合い、とうとう互いに殺し、自殺するはめになった。
臣下で相争ってその国を滅ぼすような者は、みなこのカイの類だ
                                      韓非子『説林』下

ここで出てくるカイ(漢字がワードの辞書では出てきませんでした、すみません)というのは蛇の一種です。一身に二つの頭を持つ、西洋のウロボロスみたいなヤツです。あるいはヤマタノオロチキングギドラのように先が二股に分かれているやつかもしれません。
『説林』(ぜいりん)は上下に分かれている、ミニ説話の集合編です。韓非子は巧みな比喩と、登場する動物、珍獣の多さでも定評のある書ですが、説林はそのオンパレードとなります。おまけに一編が短いので空き時間に簡単に読めます。ぜひ、ご賞味あれ。
とまあ、コマーシャルはおいといて、ここで登場した蛇・カイ。韓非はこの蛇のたとえを使って、国を滅ぼす悪臣について述べています。国家の禄を食みながら、その国力を疲弊させる内輪もめを繰り返し、ついには自分たちの母体である国家をも滅ぼすに至る。
これより触れる李斯(りし)と趙高(ちょうこう)。彼らこそが暗闘を繰り返し、秦という国を滅ぼした「双頭の蛇」なのです。
まずは李斯について紹介しましょう。
李斯(りし)は戦国時代の楚の国の人間です。若い頃、金持ちの家の鼠は好く肥え太り、貧乏人の家の鼠が痩せさらばえているのを見て、「人間の賢と愚も、居る場所において決定されるのだ」と一念発起。荀子(じゅんし)の門を叩き、学問に専念します。この本の著者、韓非子とは荀子の弟子同士であり、彼らは兄弟弟子ということになります。しかし李斯は、「己は韓非の才能には到底及ばない」と考えていました。
荀子の下を去った後、彼は秦に仕え、出世を重ねます。そして始皇帝(秦王政)の治下、秦の宰相の地位まで上り詰めるのです。
彼は同門の韓非を始皇帝に推挙します。(始皇帝は韓非の大ファン)しかし、彼を謀殺したのもまた李斯でした。韓非子『存韓』は、李斯による韓(戦国時代の国。韓非はこの国の王子)への恫喝を記した一編です。その中での、

韓非が秦へきたのは、韓の国が存続できるという保障を取り付けて、韓で重んじられようと思ってのことです。
説をまくしたて、言葉をかざる。ないものを飾りつけ、はかりごとを偽る。利によって秦を釣り、そうして韓の利益を第一にし、陛下(韓王)の様子をうかがっております。
韓、秦が親しくなれば、(両者をとりもった)韓非は重んじられるわけですからね。
これこそ「自分のための計略」というものですよ。
 
                               韓非子『存韓』

同門の友人に対する罵倒です。この当時、韓は領土は微細で、秦の属国同然のありさまでした。李斯は韓を恫喝するとともに、韓非を祖国から切り離し、宙ぶらりんの状態にしようと計っています。
これらの李斯の策によって韓非は祖国からも、秦の中でも孤立化、やがて毒盃をあおって自殺することになります。そして韓非の論理のみが李斯によって用いられることになるのです。秦が中華史上最初の中央集権国家を作り上げ、官僚制を充実させたのも、韓非の論理を受け継いだ李斯の功績になります。
そう、韓非を殺しても、その法の精神を引き継いだ。その点では私も李斯を評価します。しかし、彼はやってはいけない失敗を犯します。
そのため、彼は偉大なる法家の実践者でありながら、国を食い破る蛇へと墜ちていくのです。
次回こそ、李斯と趙高の正面対決と、その顛末を描きたいと思います。


今回の内容に関しては「やる夫が李斯なようです」の総集編が参考になります。
あんそく やる夫が李斯なようです 総集編 【幕間】