マンガの「真行草」について −少女漫画・ローゼンメイデン−

…………そうよ
私達薔薇乙女(ローゼンメイデン)の体は…
ひとつひとつが生命の糸で繋がっている…
誰かはそれを…
「絆ともよぶのよッ!」

                    ローゼンメイデン新装版 4巻 P97〜99

Rozen Maiden 新装版 4 (ヤングジャンプコミックス)

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『絆パンチ』とは真紅の最強の必殺技であります。
原理は「絆とも呼ぶのよッ!」と叫びながらグーで殴るだけという単純なものですが、コミック版では水銀燈を地べたに這わせ、アニメ版(「絆云々」はさけばないものの)では、水銀燈の命脈を絶つ一撃となりました。
かような破壊力を有する「絆パンチ」ですが、真の衝撃は技そのものよりも、その描かれ方にあります。少年マンガばりの二ページぶち抜きで繰り出されるストレート。私は最初にこの描写を見たとき、唖然としてしまいました。
「あ…れ…、ローゼンメイデンって少女漫画じゃなかったっ、け?」と。
「絆パンチ」の描写は、それまでローゼンメイデンが積み重ねてきた「少女漫画としての描写」を軽々と乗り越えるシーンだったのです。


…と、ここまで書いてみて、文字による説明の限界に思い至りました。ローゼンメイデンがどのような性質も持つ少女漫画であって、その性質に照らし合わせて「絆パンチ」が破格かを詳説しなければ、私の感じた「面白さ」は伝わらない。
そこで、絆パンチの本論に触れる前に、読者の皆さんと視点を共有するため「マンガの『真行草』について」というコーナーを設けることにしました。
真行草(しんぎょうそう)とは、漢字の書体を指す言葉で、真書、行書、草書の三体に区分出来ます。
真書は正調のもので、一番格式ばった書体、行書はそれをやや崩したもの、草書はさらに崩された自由闊達な書体を、それぞれ指します。
この「真行草」の概念は文字だけでなく、漫画にも当てはめて考えることができます。特に少女漫画においてはキャラクターが正調で麗しく書かれたり、ギャグシーンであっさりと書かれるといったディフォルメが早くから行われていました。その文化が人物がアイデンティティを保って描写されていた少年漫画に流れ込み、「ハイスクール鬼面組」や「ついでにとんちんかん」などのSDギャグとリアルの交錯した世界が一般的になっていくのです。
この流れが現在の萌え系のマンガまで継承され、キャラクターのディフォルメはいまやこういった系統のマンガの標準装備となっています。しかして、その淵源は少女漫画にあるのです。*1
で、ローゼンメイデン
私がローゼンメイデンを少女漫画と位置付けるのは、このマンガが上記の「真行草」を「少女漫画の文法」として使っているからです。下記に例を示します。

ここでは主人公・真紅の作中での描写のされ方を区分してみました。ローゼンメイデンというマンガはこの真行草が一コマレベルで目まぐるしくコロコロと移り変わる、「真行草のジェットコースター」とでも形容すべき作品なのです。どうです。それぞれの描写の間にものすごい開きがあるでしょう。特に「草書」体なんて最初見たときはびっくりしましたよ。チョーテキトウすぎ…、素敵!
あまりに素敵すぎる草書体ですが、少年漫画のようにギャグとして使われるだけの意図を持って「簡略化」されているのではありません。少女漫画に強くあって、少年漫画には比較的ない「真行草」の役割、それは「疎密」「モーション」です。
疎密とは、ジャンルの問題だけでなく道具の問題でもあります。
少年漫画は比較的かっちりとした線が好まれ、Gペンなどの筆圧で太さを調整するペンによって描かれます。ですので、ノーマルタッチもギャグタッチも同じ太さの線で描かれる。
一方少女漫画は丸ペンでの細い線を使用するものが好まれます。この丸ペンで太さを表す場合、筆圧を変えるのではなく線を幾重にも重ねることになります。ここで、少年漫画とは違う「線の疎密」といった概念が生じるのです。さっきの真紅の真書をズームアップしてみます。

私のペンタッチではよくおわかりいただけないかもしれませんが、太く見える線も丸ペンの積み重ねによって描写されています。

①髪も質感を出すため、多めに線が入れられています。
②目は、他の描写と比較してことさらに虹彩やまつ毛が多くの線で構成されています。
③顔のラインですが、PEACH-PIT先生の「真書」のばあい、他の輪郭線よりも線の積み重ねで太めに描写されます。

これら「丸ペンによる線の疎密」によって、少女漫画の「真行草」は構成されています。少年漫画の多くは「ディフォルメ」というテクニックは援用しながら、疎密に関しては使っているペンの性質か、それほど利用していないように思われます。

お次はモーションです。最初に示した図では真行草それぞれの真紅の大きさが違います。これは決めゴマが「真書」、ギャグゴマが「草書」となるためです。まあマンガのお約束として決めゴマは丹念に描かれ、小さいコマはあっさりと描かれます。これはさっきの疎密の問題と同じ原理です。ここで問題となってくるのが二つの中間に位置する「行書」なのです。
「行書」はローゼンメイデン含め、多くのマンガにおいて基本となる描法です。バストショットから全身ショットまであらゆる動作が「行体」を基本として描かれます。つまりマンガの人物に「動き」を与える役割を果たすのが「行書」なのです。
少女漫画の少年漫画と比しての大きな特徴は、少年漫画が「動作」を中止とした「動きの描写」に力を入れるのに対し、少女漫画は「人物の感情の描写」に重きを置くことです。アニメではバトルものとして「動き」が重視されていたローゼンメイデンも、マンガでは「少女漫画」の原則に忠実で、行書の動きの動作も草書のギャグや、真書の顔ズームへの「中継ぎ」のような役割を果たし、戦闘描写での動きの連続性はそれほど重視されない傾向にあります。。少年漫画が決めシーン(真書)を重視しながら、そこへ向かう過程の「動き」=「行書」も同じく重視されるのに対し、ローゼンの「行書」は感情の発露(真書)(草書)を結ぶためのパイプの役割が主となっているのです。

では、これまでの論をまとめましょう。

  1. 漫画には「真行草」の三体があり、それは少女漫画で発達した。
  2. 真行草には「疎密」と「モーション」の二つの概念が付きまとう。疎密は少女漫画で、モーションは少年漫画で丹念に描写される。
  3. ローゼンメイデンはこれらの描写で少女漫画的な傾向を示す。

…と、ここまでを理解してもらったところで私の冒頭の述懐を思い出してください。

「あ…れ…、ローゼンメイデンって少女漫画じゃなかったっ、け?」

そう、「絆パンチ」は、私がここまで詳説してきた概念をたやすく打ち破ったのです。そしてそのことを、その意義を理解してもらうためには前ふりとして「ローゼンメイデン」という漫画の特徴と位置付けを長々と皆さんと共有する必要があったのですよ。
次回はいよいよ「『絆パンチ』とは何だったのか」という問題の核心へと、分け入っていきたいと思いますよ!!ああ、長い前ふり…。

*1:ひょっとしたら手塚治虫スターシステムで、タッチの違う作品に同じキャラをだしているあたりが、この手法の直接の萌芽かもしれんのだが…、ここら辺は勉強不足