少年漫画な真紅のテーゼ 〜絆パンチにいたる過程〜

前回までに述べたことのおさらい。

  1. 漫画には「真行草」の三体があり、それは少女漫画で発達した。
  2. 真行草には「疎密」と「モーション」の二つの概念が付きまとう。疎密は少女漫画で、モーションは少年漫画で丹念に描写される。
  3. ローゼンメイデンはこれらの描写で少女漫画的な傾向を示す。

というのが前回述べたローゼンメイデンという漫画が持つ要素。その上で「絆パンチ」がこのローゼンの、または漫画の「テーゼ」をいかに打ち破ったかということについてお話します。
そのためには、このパンチが打たれるに至った背景を踏まえる必要があります。絆パンチが打たれるまでのこの漫画のヤマ場。それは真紅と水銀燈の闘争になります。四巻までに両者は四回対峙し、戦っています。

その勝敗は…

第一戦(phase1、2) 結果:×真紅  ○水銀燈
水銀灯の羽によって体力を奪われ、眠りにつく。
第二戦(phase8) 結果:引き分け
雛苺の援護によって、引き分け。
第三戦(phase16) 結果:×真紅  ○水銀燈
水銀灯の羽によって右腕を喪失。
第四戦(phase20、21)結果:○真紅  ×水銀燈
他のドールのアシスト&絆パンチをかまして勝利。

○真紅は基本負けている。かつ喪失している
こうして書き出してみると、真紅弱いなぁ…。
そう、基本的に真紅は水銀燈に負け続けています。その負けは第一戦の眠り、第三戦の右腕の喪失など極めて深刻なものです。また引き分けの二戦や勝利の四戦も、雛苺翠星石のアシストがなければ勝利できませんでした。さらには真紅単体では「絆パンチ」の登場まで、具体的なダメージを与えた痕跡すら見えないしまつ…。基本的に真紅一人のスペックでは水銀灯には勝てないと考えてよいでしょう。そのことはミーディアムや他のドールの助けなしでも戦える水銀灯と、ミーディアムや他のドールの力を借りて戦う真紅という対比にも出ています。
ローゼンメイデンのバトルは二つの「絆」で構成されています。

  1. ミーディアム(桜田ジュン)との絆
  2. 他のドールズ(雛苺翠星石)との絆

この二つの絆は日常描写=ジュンの復活においても効果を表しますが、同時に水銀燈との戦いにも影響します。ジュンとの絆は「回復」の効果をもたらします。マエストロの能力を持つジュンによって第一戦では眠りからの回復を、第四戦では腕が再生されます。真紅が水銀灯に負ける度にこうむる「喪失」。それをジュンがリカバーしていく。ジュンの「心」が真紅によってリカバーされゆくのと同時に、真紅の「体」はジュンによってリカバーされ続けているのです。アニメでのローゼンメイデンが「ジュンの回復」を主眼とし、ジュンを中心にとらえていたのにし、原作では心と体の相補関係、「相互に回復しあう関係」という形で真紅とジュンをとらえ、両者を中心に据えていることが分かります。
一方、ミーディアムとの絆は、「補助」の効果をもたらします。第二戦では雛苺の苺わだちによるサポートで、水銀燈を退けることに成功します。第三戦ではジュンと契約した翠星石によって、危機から逃れます。そして第四戦。ここで二人の能力によって水銀灯の動きを封じ、真紅は絆パンチを見舞うことができるのです。奇しくもこれが水銀燈に真紅が与えた初めての「打撃」となります。雛苺の「孤独への恐れ」や翠星石の「妹への思い」といった「悩み」に対し、真紅が救いの手を差し伸べてきました。彼女たちにまず「援助」の手を差し伸べるのは真紅で、ジュンの役割はその後の「関係の深化」で発揮されるのです。ギャルゲーの「フラグ」や「攻略」の概念で考えれば、他のドールズとの交流やフラグ立てはまず真紅においてなされ、真紅がドールズとの「関係構築」の中心にいると考えられるのではないでしょうか。これらの真紅の精神面の「補助」に対して、ド−ルズたちは戦闘での「補助」という形でお返しをします。
真紅とミーディアム、ドールズの「絆」は上記のような結びつきをもっています。RPGでいえば、真紅が前線のアタッカーであるのに対し、ジュンと他のドールズは後方支援で回復役と補助魔法の役割を担っています、そう、真紅が示した仲間への「絆」が真紅へ返されるとき、それは水銀灯との「戦闘」において象徴されるのです。まさに・・・

戦うことって
生きるって ことでしょう

                    ローゼンメイデン新装版 3巻 P56

○「戦うことは、生きること」
あらゆる営為が、努力が、アリスゲームという「戦闘」に還元される。そんな少年漫画的な「テーゼ」を、真紅という少女漫画的な「ドール」が体現しているというアンビバレンツ。絆パンチが登場したときに感じた「これって少女漫画だよな」という違和感は、真紅自身が抱える少年漫画的な「テーゼ」が、実質的な「攻撃」という形で初めて打ち出されたことにあったのです。
そう、絆パンチが繰り出される第四戦。それはジュンの「回復」と、他のドールの「補助」がはじめて連携プレイを見せた戦いでもあるのです。そしてそれが、真紅にとっての初めて水銀燈に与えた「具体的な打撃」であり、かつ初めての「勝利」だったのです。*1そういったこれまでの積み重ねがたたみかけるように、一気に展開され、初の勝利へと展開していったこと。それによって少年漫画のテーゼでこの作品が展開していたことが「具体的」に、つまり「拳」によって開示されたこと。そこに絆パンチの驚きがあります。
ですが、勝利そのものではなく。ジュンやドールズたちとともに積み重ねていった「過程」をこそ、

…………そうよ
私達薔薇乙女(ローゼンメイデン)の体は…
ひとつひとつが生命の糸で繋がっている…
誰かはそれを…
「絆ともよぶのよッ!」

                    ローゼンメイデン新装版 4巻 P97〜99

*1:さらに言えば、このシーンが、この漫画で初めての「直接攻撃によるダメージ」つまりはガチ殴りだったことも理由にある。というかドールズが初めて「肉体言語」を行使したのがこの瞬間。それまでは薔薇やら羽根やら苺わだちやらじょうろやら鋏やらで「けん制」的なバトルシーン。ありていにいえば間接攻撃でダメージを与えあっていて、「こういう戦闘のみの漫画なのねん」と思っていたところに初めて物理攻撃、しかも「ブチ抜き」でかまされたもんだから、「今までのお約束ぶち壊しやがった」と、たまげた。