野獣はどこだ・野獣はだれだ 〜あしたのジョーはヤバイ8〜 

そうそう…、そのぶったまげながらも
ゾクゾクうれしがるようなわらいでなくちゃいけないのさ

おれたち
カーロス・リベーラと矢吹丈のあいだに
かわされる「わらい」ってやつは…よ

あしたのジョー(8) (講談社漫画文庫)

あしたのジョー(8) (講談社漫画文庫)

 

観衆はリングへ集(つど)った
二匹の犬を、「かませ犬」を見るために
かませ犬に墜ちた男が、かませ犬を偽った男の前に、かませ犬として登場する
その有様を「見物」しに、来た


観衆は二匹の犬を対極のものと、見た
カーロス・リベーラ。南米からきたかませ犬。強靱な牙を隠し、偽りの弱々しさを演じたかませ犬
矢吹丈。ドヤ街のかませ犬。力石の死によって牙を折られ、ドサ回りの八百長拳闘を演じるかませ犬


しかし試合が進むうちに、観衆は二匹が「かませ犬」はなく「野獣」であることを思い知る
野生をむき出しにして撃ち合う二匹。その姿は人々の心を捉える
前歴も、
優劣も、
もろもろのレッテルは取り払われ、ただ二匹の撃ち合いを、凝視する
瞬きもせず、見つめる


二匹の野獣は、さらにして、からみあう


そして試合を、忘れた


反則もなく、審判もなく、もはやボクシングですらなく、ただただ二匹の撃ち合い
みっともなく、てらいなく、さらけ出された、泥試合。すべて置き去りの、二人の世界
だが、観衆も、アナウンサーも、その惨憺たる有様をただ、恍惚とした表情で見つめる
彼らの恍惚は何だ?
類まれなる「野獣」に巡り会った、それ故の、悦びか?


否、おそらくは、否
観衆は思い出したのだ
「野獣」などはどこにもいないこと、そして、


ほんとうの「人間」がそこにいたことを


命や生殖や利益ではなく、おのれのため、おのれの「心」のためだけに命を懸ける
野獣にできる芸当ではない
それこそが人間。人間だけのかけがえのない宝だ
観衆は野獣を見に集まった。そこで人間を見た
日々の生活にかまけ、生存の義務に踊らされ、「人間」であることを忘れかけた「観衆」は、
二人を見て、二人に魅せられ、ようやく自分たちが「人間」であることを思い出した
忘れていたそのこと、思い出したのだ。しったのだ


ジョーは獣ではなかった、カーロスも獣ではなかった
ただ、だれよりも、そこにいる誰よりも、
「人」として、いたのだ


そして試合は終わる
勝敗の栄光と挫折なき試合、
全員に充足感だけを残した試合は、
終わった。

この虚脱状態のまんま
もし、かりに、引退したとしても
力石やカーロスとの思い出は
おれの、青春の遺産になってくれるぜ


矢吹丈は幸福に包まれていた
力石のトラウマもカーロスとの死闘も、
すべての過去を「遺産」として受け入れ、
朗らかな気分に包まれていた


だが、神は。拳闘の神は、幸福の中に彼をとどめておかなかった
カーロスを再起不能にすることで、再び渇望へと、死闘へと、
ジョーを送り戻してしまった。


ジョーは再び「思い出」を、
「きのう」を、失った。


そして歩み続ける、真白き灰になるまで、歩まされ、続ける


「あした」という苦しみのために
「あした」という苦しみのために

  • 過去記事

「あしたのジョー」はヤバイ1 - マントラプリの生涯原液35度
「あしたのジョー」はヤバイ2−「必殺技」とはなにか− - マントラプリの生涯原液35度
あしたのジョーはヤバイ3 −白木葉子というディーヴァ− - マントラプリの生涯原液35度
あしたのジョーはヤバイ4 −負けフラグ、死亡フラグの恐怖− - マントラプリの生涯原液35度
あしたのジョーはヤバイ5−力石は死んだ、何故だ?ー - マントラプリの生涯原液35度
目標と喪失と〜あしたのジョーはヤバイ6〜 - マントラプリの生涯原液35度
クロス・ポイント 〜あしたのジョーはヤバイ7〜 - マントラプリの生涯原液35度