ダムダムだんだん大決壊

日月、妄想を友として暮らしていると、人からよく言われる台詞があります。
「溜ってるんじゃないのか」
いや、まあたまってることはたまってるんですよ実際。でも字がちがう。「溜まる」じゃない。「貯まる」だ。つまり負債ではなく、蓄財なのです。私にとっての妄想は。
開設当初は現実に対する代償行為のような気がしないでもなかったんですが、多分二十年ほど前の話なのであまり覚えていません。しかし現在、現実の為の妄想。社会を彩る想像というよりは、妄想を彩るための社会。現実での感情のもつれやあやを妄想の手段として活用する方に自分の基軸が据えられているように思います。
・・・まあ、危ないヤツなんですが、物理的や精神的に危ないわけではありません。現実に対する不満が犯罪行為に発展するのは、現実的手段で牙を剥いているわけであって、その方向性は妄想とは正反対のところにあります。むしろ想像力をカットした所業でしょう。
ストーカーとかになると現実と妄想をごっちゃにするので精神の起こす犯罪といえますが、こちらも現実に妄想をブレンドするという、抹茶に蜜柑を混ぜて、スペシャルドリンク・マミンを作り出すような下手物(ゲテモノ)の産業です。そういうミスマッチ感覚を好む輩もいるようですが、私は酒は生一本な男なのではっきりと峻別します。その方が妄想が綺麗です。現実が眩しいです。妄想よりいい現実。現実よりいい妄想。これらは鏡の両局面、ヤヌスであって、一個人に同時に存在する事が可能なのです。己を車に例えるなら現実と妄想はタイヤの両輪。ニ律背反。・・・ただ、たまに含み笑いをすることは許して下さい。あと会話がトチ狂うのも許して下さい。貯蓄がガマ口からぼろぼろ溢れているのです。自己の正当性を妄想で確立しようなどという企みとは無縁です。現実ではつつましやかに朗らかにありたいと思うのみなのですから。
「じゃあ、こんなだだ事を開陳することもないじゃんか。本トは現実と妄想を分けられないくせに」
うん。でも現実の行動原理には据えていないはずだよ。いや「ネタ」と言われる行為、アレは・・・妄想か!?
上遠野浩平風に、おわる)