留保のはなし

先日オフ会でいずみのさんと話した中で、「視点」の話が出てきました。
マップ視点と主観視点という二つの視点があり、マップ視点は上空から見たドラクエのフィールドのような視点。主観視点はバイオハザードや、我々の通常見る視点のように、自分をカメラのフレームに入れず、主観的な情景を写し取る視点。ということです。
人は通常の生活では主観視点で生きていると思いながら、それを形而上に把握するときは「マップ」の概念に置き換えて行っており、主観視点そのまま捉え続けてはいない。とのことでした。
で、このマップ視点と主観視点ですが、私の中ではこれは「留保」(りゅうほ)という概念に置き換えられる「問題」を含んでいます。「視点」の話とは少しずれてくるかもしれませんが、お付き合いください。
形而上的発想は「留保」によって初めて成り立ちます。私は自分のことを「わたし」と言うためには多くのことを留保しています。

・私という物質を「わたし」という概念に限定する「留保」
・「わたし」と「言う」ときに特定の「振動」を使って音を発する「留保」

これらが為されて初めて音声の「わたし」が私の口から出てきます。このメカニズムはただ自動的になされるように、我々は長い日常生活から錯覚しています。しかし、実は「私」が「わたし」と発音するまでに、発音できるようになるまでには多くの捨ててきた概念や言葉たちが存在するのです。そこにひとつの道があるのではなく、多くの「留保」してきた概念たちの死体の山の中に道がある。そういう「ただひとつの必然」ではなく、「多くの選択肢からの限定」としてのことば。
知識の多寡を問わず、多くのその他の概念、単語、発音たちを「留保」してなされるのが、人間の「思考」であると考えています。多くの言葉から「決定」するのではなく「留保」する。「決定」というニュアンスで語ってしまうと、一つ一つの要素を吟味、精査し、選択しているように感じてしまいます。しかし人間の「はたらき」はそれらに「決定」を下して精査しているというより、それらを「棚上げ」して速度を重視しているように思うのです。「構築」さえすれば、それがどんなにボロボロであってもかまわない。補填するための、メンテナンスのための「留保」は無限に為すことが出来る。「据え置」き、ひとまず「構築」する。ということが、複雑な思考を為すのに最も重要なのです。そうでないなら人間は、いつまでも階段の一段目で足踏みを繰り返す羽目になります。
据え置く→積み上げる→構築
物事を進める事は、それ以外を「留保」することで初めて為しうるのです。
我々の認識も多くのファクトを「留保」した限定の中で生み出されている。きわめて自動的に近い形で、一瞬に。どんなスパコンでも人間にかなわないのはそうした、心の「留保」のスピードにあるといえましょう。シロクロではなく、多くの類義的な「概念」を一列に並べながら抽出していく、しかもその成果を蓄積して使用頻度の高いものを、いろいろな形に応用して組み合わせる。「留保」というレンガの積み重ねによって、人は初めて「記憶」出来るし、「記録」できる。「留保」という作業がなければ、人は前に進むことすらできないのではないでしょうか。
「決定」をいちいちやるのは「遅い」のです。「留保」の積み重ねを繰り返したほうが同じ時間でことを為すには、はるかに「早く」、「正確」。我々は思わずとも「留保」によって生命活動を、思考を、構築スピードを維持している。
世界認識でも自然と「マップ認識」の形を取るのは、それが現実の主観認識よりも最適な形での「留保」だからではないでしょうか。自分に見える形をそのまま切り出すこと、「主観認識」を重視し、それのみでセカイを把握するのでは、己の中で空間の整合性も維持し続けられないし、他者とのコンセンサスもとりづらい。「正確」さより「適格」さを重視する。そのセカイと比した際の「現実性」よりは、その「有用さ」を採用する。
それをセカイに照らし合わせたときの「正誤」よりも、それが自分たちにとって「有用」であることを優先する。その「留保」をこそ「形而上的思考」ないしは「ことば」というのかなぁと、漠然と思いました。*1完全なる「客体」の無いこの「セカイ」では、己を保障する「外部」は存在せず、せいぜい「相互承認」ぐらいしかない。そこでの意志のありようとは、「選択」とは、あらかじめあるものに対して行うような「決定」ではなく、とりあえずの間に合わせで我慢しよう、落ち着こうという「留保」ではないのかなぁ。
「より進化する」とは、その実「より多く据え置き、積み上げる」ことではないかなぁ。うーん、「描く」(図を浮かべ、線を決定)んじゃなくて「削る」(モノをランダムに削るうちに形が出てくる)んだということ。うーん。自分でももう少し整理しなきゃぁなぁ。

*1:まあ、「形而下のみで考える」ということじたいがそもそも可能なのかということすら分からないんだけどね