下野の虎・小山氏

畜生ッ!
…なんて… なんてことだ、あんまりだ…
みんなが寄ってたかって、あの子を虎に仕上げたンだ。
人食い虎にしちまったんだ!!畜生!!

                   ロック  『BLACK LAGOON』3 P65 

「下野一国の両虎」(しもつけいっこくのりょうこ)
鎌倉幕府の歴史書吾妻鏡』(あづまかがみ)に登場する言葉です。これは下野(しもつけ)、現在の栃木県の領域を支配する二勢力を虎に例えたものです。
ひとつは昨日紹介した藤姓足利氏
そしてもうひとつが、今回紹介する小山氏(おやまし)なのです。

両氏は共に藤原秀郷から派生した秀郷流藤原氏(ひでさとりゅうふじわらし)であるということは昨日説明しました。小山氏は藤原秀郷から数えて七代目の孫・藤原政光(ふじわらまさみつ)が下野国小山庄(おやまのしょう)に土着し、そこの地名を冠したことを始まりとします。本拠地は現在のJR小山駅の周辺となります。
この小山政光、妻に先立たれた後に宇都宮宗綱(うつのみやむねつな)の娘を後添えとしてめとる事になります。その女性こそが、

寒河(さむかわのあま)です。彼女は源頼朝の乳母(うぼ)として頼朝を支えました。また一族総出で頼朝の蜂起をバックアップしています。下野のみならず、下総、常陸まで広がる小山氏の領地。関東の大動脈を押さえる小山氏のサポートなくしては、鎌倉幕府の樹立はなしえなかったでしょう。AAのバラライカは伊達ではありません。ちなみに、「やる夫が鎌倉幕府の成立をみるそうです」ではこの一族は『ブラックラグーン』のキャラクターのAAで表されます。
彼女と小山政光の間には一人の子がいます。つまり、この子は頼朝の乳母子(めのとご)にあたるわけです。この時代乳母という共通の母を介した養君(やしないぎみ。乳母となる対象の貴顕の子息)と乳母子は擬制的な兄弟関係ともいえる間柄なのです。「やる夫鎌倉幕府」での木曽義仲(涼宮ハルヒ)と今井兼平(キョン)の関係を見ていただければ分かると思います。
頼朝は寒河尼の実子であるこの子の元服にあたって、烏帽子親(えぼしおや)となります。この儀式を通して頼朝と寒河尼の結びつきは二重に強化されたわけです。その子の名前が、

結城朝光(ゆうきともみつ)。われらがグレ光です。下野一国の虎・小山氏の係累であり、かつ寒河尼の『鍾愛の末子』(もっともかわいがっている末っ子)です。おまけに頼朝とも擬制的親子関係を結んでいる。この何重にもわたる後天的配合。「神仏が作った仕組み」、「牛車の車輪が回るように日の本を動かす力」によって、生み出された「虎の中の虎」というわけです。「やる夫鎌倉幕府」の作者がAAにグレーテルを選んだわけは、『ブラック・ラグーン』三巻の冒頭に引用した箇所を読んでもらえれば分かります。
頼朝の股肱の臣として、鎌倉幕府の中で重きを為し、頼朝死後も多くの御家人から尊敬を受け、弾劾された梶原景時とは対照的に天寿を全うする事になります。*1そして彼の一族は結城氏(ゆうきし)として鎌倉〜戦国の関東の騒乱の中心に一貫して存在し続ける事になります。
虎の一族の家系が途絶えようとした戦国末期。その血脈を保つため一人の人物が継嗣となります。徳川家康の次男にして徳川秀忠の兄・秀康。結城秀康(ゆうきひでやす)です。彼の息子は途中で松平に姓を戻したため、武家政権の創設者を親(頼朝)として誕生した結城氏が、最後の武家政権の子によって幕を閉じられた、と言えましょう。歴史の不思議を感じます。
そんなこともふくめてグレ光萌え。

小山朝政(おやまともまさ)。彼は小山政光と前妻の間に生まれた子で、小山氏の惣領の地位を継承します。この時代は分割相続が主であるので、惣領以外の子供は結城朝光みたいに惣領家とは別の地に移り、そこの地名を冠することになります。これが名字(みょうじ)です。例えばグレ光も朝ゼル(小山朝政)も氏名(うじな)は秀郷流なので「藤原」で共通です。で、小山庄に本拠を有しているので名字は「小山」。さらにグレ光はそこから下総国結城に移り住んだので「小山」→「結城」に変わったわけですが、氏名(うじな)は変わらないので、公文書などでは「藤原朝光」と署名します。日本女性が結婚して姓が変わるのは、「上書き可能な名字(みょうじ)が変わる」と捉えているからであって、出身血族を示す氏名(うじな)が変わる意識とは別なのではないか知らん。(推測)中国や韓国では結婚後も姓が変わらないというのもそういうことなのかな、と。また梶原景時を梶原平三(かじわらへいぞう)と言ったりすることがあるのですが、これは「梶原」が名字で、氏名は貞盛流平氏なので「平」、三男なので「三」。あわせて梶原平三となるわけです。
現代ではほとんどの日本人の姓は名字となっていて、未だに氏名(うじな)のままの人は少なくなっています。明治時代に名字をつけた人も多いので、阿部とか藤原とか大伴とか土師とかの名字であっても、古代から一貫して継承されている可能性はきわめて低いです。これは余談。

で小山氏の係累からもう一人。下河辺行平(しもこうべゆきひら)を紹介したいと思います。彼(といってもAAはレヴィだが…)はグレ光らの従兄弟に当たり、下総国下河辺庄一帯を領知していました。この荘園は葛飾郡の三分の二を占め、北は栗橋から南は吉川までの長大なものです。埼玉県は武蔵国下総国の一部を合わせて創設された県ですが、おそらく下総の部分はほぼ下河部庄の領域と一致すると考えていいと思います。
私の地元の幸手も、この下河辺庄に含まれます。つまり武蔵ではなく下総の住人なんですね、私や『らき☆すた』のこなたは。ちなみにかがみやつかさが住む鷲宮は武蔵側です。彼らや私が高校に通っていた春日部市はロビンソン*2の前の川で下総と武蔵に分断されるので、私の高校は下総、らき☆すたの高校は武蔵です。クレヨンしんちゃんが住んでいる場所も武蔵。
「やる夫鎌倉幕府」ではこなたが後白河法皇役をやっていますから、幸手に関係するキャラクターがレヴィとこなたの二人いて、郷土愛を無理くりにでも穿り出そうと心がけている私としては、非常にうれしいです。
そんなこんなで三回にわたって繰り広げてきた板東武者と秀郷流藤原氏のお話も今回で一区切りです。で、なぜこの時期にこんな長々と話したかといえば…、
次回の「やる夫が鎌倉幕府の成立を見るそうです」が野木宮合戦(のぎみやがっせん)。
すなわち小山氏最大の見せ場だからだよっ!!


小山氏、および結城朝光の躍進を決定する合戦。嫌がおうにも期待が高まります。そして上記の方々も、おそらく登場することでしょう。ブラクラのだれのAAが配されるのか予想はしているのですが、当たるも八卦。当たらぬも八卦
小山の「人食い虎」たちの活躍をモニターの前で期待して待っております。
<参考文献>

乳母の力―歴史を支えた女たち (歴史文化ライブラリー)

乳母の力―歴史を支えた女たち (歴史文化ライブラリー)

古代〜近世初頭にかけての乳母の役割の変遷を描く。頼朝の乳母(寒河尼、比企尼、山内尼、摩々尼)についても多くの頁を割いているので、この本を片手に「やる夫鎌倉幕府」を見ると、背景とキャラクターの行動原理への理解が深まります。
ブラック・ラグーン (3) (サンデーGXコミックス)

ブラック・ラグーン (3) (サンデーGXコミックス)

冒頭のセリフの引用はここから。この巻と、前の巻を読めば小山氏、結城氏のAAの相関関係は分かります。やる夫鎌倉幕府作者の巧みなAA配置の妙と、カバー範囲の広さも同時に理解していただけると思います。特に巻末のあとがきマンガに注目。

*1:まあ、梶原景時弾劾、討伐という流れの中心にいたのが結城朝光なのですが

*2:春日部と小田原と札幌の三か所の遠隔地で営業している、企業戦略がよく分からない百貨店