いろは*1にほへと*2ちりぬるを*3
わかよ*4たれそつねならむ*5
ういのおくやま*6けふこえて*7
あさきゆめみし*8えゐもせす*9

*1:イロ。カラーじゃないよ、セックスもふくめてのイロだよ。「うちのイロがさ」とか言う時のアレ。「人生イロイロ、男もイロイロ、女だってイロイロ咲き乱れるの♪」といろをイロにかえて歌うと急にエロくなるよね。でも、聴覚的にはどっちかわからん。文字ってすばらしい。日本人は文字の配列でエレクチオンできる数少ない民族やもしれんね。

*2:匂うというのは嗅覚で、イロというのは視覚だよなぁ。さよなら三角、またきて四角。この歌の特徴的な点は、視覚を聴覚で捉えているところなんだな。視床下部のあたりをごちゃごちゃいじくって、両方の伝達機関を麻痺させてるんだろうな。バルゴのシャカみたいに。でも困るよねぇ。色彩を匂ったり、花の香りを見たりするようになると。花の穴の黒い空洞の中から虹彩がぎょろぎょろと飛び出してきて、そのまま青っ洟と一緒にじめんにうねうね、きしょいなぁ。一方目からは鼻毛が慎ましやかに生えてきて、眼窩に芽吹くけなげな雑草となるのだなぁ。強く生きてほしい

*3:散るんですよ、はらはらと、鼻毛が。(まだ引きずってるんかい!)ええ、冗談はおいといて散っちゃうんです。おそらくイロが。イロ=花=ダーリンなんでしょうね。でも「散る」ってことは老化した結果じゃなくて夭折ってことよな。若死に。花盗人は罪にはならんが、手折られた花にとっては虐殺者だからなぁ。てことは、花盗人にイロである花を手折られた雄花の気持ちと考えれば、この歌もすっきりするね。だが、日本の法律では花盗人は推定無罪。一人、復讐を誓う雄花は花盗人を倒すべく旅に出るのだ。今日も綿毛を飛ばします。

*4:「わかよ」は「我が世」なのか「和歌世」なのか。ずっと疑問。我が世なら、「おめえの主観世界」ということになる。そんな世界はテメーが死んだら終わりだから「誰そ」とかいって他者は入ってこないわさ。また「和歌世」なら和歌の世の中は歌は残るが人は死ぬってことで、たしかに常ではないなぁ。メメント・モリ。複数で「われわれの世」、「世の中」ととるのが一番文意が通る。

*5:誰も常ではない、みんな死ぬ、それでええじゃないか。となるととたんにスーダラ節の快活さが想起されるが、この歌、オープニングからしてあんま陽気ではないから、それはない。最初からの文意を踏まえると「イロ(オレのあの子)は匂った(かわいかった)けど、散っちゃったよ。あーあ。もうやんなっちゃうホント。生きててもしょうがないよ。まあ、世の中の人間はみんな死んじゃうからなぁ」みたいな、逃れようのない暗闇への道をあきらめるカンジ?

*6:有為(しわざ、わざと)か有意(人間の意識)か?どっちよ。どちらも人間の後天的な知覚として解釈すればまあ、当たらずも遠からずかなぁ。そいつが山になっているんですね。まあ、後天的な作用だからそれこそ「ちりも積もれば山となる」的に、人間が性を送るうちに掃除しない耳くそのように堆積していくんでしょ。で、人生振り返ったら山になっていた。ええ、生の耳くそが降り積もって。でも、そういう後天的なしがらみを、耳くそを、ポンッと越えちゃう。軽やかに?さぁ、だらだらと上っていくのかもしれないけど。とにかく越えちゃう、越えることで、捨てちゃう。まあ、平たく言えば出家だわね。出世間。

*7:明日でも、あさってでも一年後でもない。今日越えちゃう。もう、耳くそだと気づいたら、越えちゃうよ。云々いわずに。「ケフ」っていふ真綿のように柔らかい言葉が、口ざわりが、なんとなく躊躇を消してくれるようでいいなぁ。これが「キョウ」だと、少しするどすぎて、いかんね。「ケフ」だったら、越えられる気が、越えてもいい気がするね、僕は。

*8:浅い夢を見ていたよ。レム睡眠だよ。でもノンレム睡眠だと夢を見ないよ。ああ、矛盾だよ。翻って言えば「ふかきゆめみ」しことはない。ということでしょうなぁ。夢っていつも現実のようなすがたをとってあらわれるよね。夢の中の自分は、いつもそれが現実だと信じさせられているんだ。そして薄皮一枚はがされると、朝が待っている。そしてあれだけ夢の現実に執着していた自分を忘れるんだ。忘れてしまえるんだ。ということは、今の現実だって、簡単に薄皮がはげてしまえるのかも。「ふかきゆめ」は見ることができないのかも、しれないよね。だっていまのここが、この現(うつつ)が、覚めることってぜんぜん不思議じゃないように、思えてしまえるのだもの、ね。

*9:「酔いもせず」。シラフなんだ。「ふかきゆめ」がないように、「しらふじゃない酔い」もない。鉱物のように、心を巌にできなければ、海のように、不定に漂うこともかなわない。夢の中で、酔えないように、生きている。現実や、真実の酔いは死の後にやってくる。人は人の死の跡に、勝手にそれを見るんだね。さいしょっから通すと、「あのこはかがやきをのこしてしんじゃった。わたしたちのよのなかにえいえんなんてないんだなぁ。じいしきのやまをいますぐこえよう。あさきゆめのなかをよえずにただよっているだけなんだから」うん。仏教界からの出家のお誘いの歌ですね。コレ。でも、待てよ。ひょっとしたら「ういのおくやまけふこえて」「あさきゆめみしえゐもせす」の順番だから、有為の山を越えた後も浅き夢で酔えないでいるのか。ひょっとしたら酔えているのが俗人で酔えないのが出家者。ある意味では出家の苦しみの歌なのか?う〜ん、わからん。