石井作品のカルママスター・吉田輝雄

「(吉田輝雄は)理屈抜きでスーッと(役に)のってきてくれる役者」
                                  石井輝男

名監督にはそのフィルモグラフィを体現する俳優がいるものです。
マキノ省三には尾上松之助が、小津安二郎には笠智衆が、黒澤明には三船敏郎が、市川崑には石坂浩二が、深作欣二には菅原文太が。
そして、石井輝男には高倉健が…と、思わせつつ、実は吉田輝雄なんだなぁ、これが。
吉田輝雄は新東宝出身の俳優です。当時完成したばかりの東京タワーになぞらえた「ハンサムタワーズ」という四人グループの一員としてデビューしました。このグループにはかの菅原文太も在籍しております。
東宝時代はギャングアクションなどで活躍。石井輝男作品での主演を多く勤めたことから、運命の歯車が狂い始めました。しかし、このときは「運命の復元力」によって危機を逃れます。新東宝は経営難で倒産。ハンサムタワーズの四人は松竹へと移籍したからです。これでエログロと縁が切れたと思うも束の間、松竹から東映への移転、そして石井輝男と運命的な再会を果たします。そこからは坂道を転がり落ちるようにエログロキャリアを積み重ねていくのです。
『徳川女系図』、『徳川女刑罰史』、『徳川いれずみ師』、『明治大正昭和猟奇女犯罪史』と石井エログロ作品に皆勤賞で主演を果たしていきます。いずれの作品でも「こんな世の中はいけない」「まちがっている」とボソボソ良心派ぶりながら、近親相姦を繰り返したり、オランダ娘を拉致監禁して変態アバンギャルド刺青をほどしたり、生(ナマ)阿部定にインタビューしたりして物語の中心に居座るという、「どうしようもなさ」を発揮しています。そして1969。運命のときがやってきたのです。

「おかぁさーん」「おかあさーん」「おかーさーん!!」
                  『江戸川乱歩全集 恐怖奇形人間』より

『奇形人間』で主演を張っている吉田輝雄をみると、「あさま山荘まで行ってしまった赤軍学生」とダブります。
東宝が倒産したとき、松竹に移ったとき等、いくらでも石井輝男から、彼のエログロ世界から足抜けする機会があったはずです。盟友・菅原文太と共に東映実録シリーズに生きる機会だって、いくらでも…。しかし輝夫はここまで来てしまった。石井輝男の「あさま山荘こと、『江戸川乱歩全集・恐怖奇形人間』までっ!!
だが、その一方で吉田輝雄の強靭な生命力も、また見逃せないのです。
「こんなことではいけない」、「こんな狂った世の中は間違っている」といくら作中で叫ぼうが、「ぼくはきちがいじゃない」と抗弁しようが、かれの存在が石井フィルムから消えることはない。いや、むしろそうやって嘆くことで、かえってその世界を増幅させているような気がします。
「奇形人間」でも彼は嘆き続けます。その実、暗黒世界の中で動じることなく、土方巽小池朝雄、たむろする暗黒舞踏集団など、並み居る狂人どもを掻き分け、ついにはこのフィルムを支配してしまうのです。「おかあさーん」で。
この男の神経質に見えつつ、その実恐るべき無神経さは、強靭な生命力に裏打ちされている。エログロ世界に翻弄されているようで、その実キャスティングボードを握っていく。そして、石井暗黒世界の支配者にもなりうる男。「いやよいやよも好きのうち」どころではなく、もはや「いやよいやよが好きのうち」っ!吉田輝雄っ、恐ろしい子!!
そして、「おかぁさーん」「おかぁさーん」。
石井輝男の名前は、エログロ以外にも、スーパージャイアンツや網走番外地と共に記憶されましょう。菅原文太の名は、仁義なき戦いと共に記憶されましょう。しかし、吉田輝雄の名はハンサムタワーズでもなく、新東宝スパイアクションでも、徳川いれずみ師でもなく、「おかぁさーん」「おかぁさーん」と共に、日本を問わず海外ファンにも、永久に記憶されるのです。
石井輝男のカルマから生まれ、石井輝男のカルマを一身に背負った男。吉田輝雄。彼は永遠の花火としてエログロの夜空に咲き誇る。では、最後はごいっしょに、
「おかあさーん!!」