モノ

わたしは「モノ」を信じている。
幸せは「モノ」で帰ることもあるが、幸せでは「モノ」は買えない。
愛も、モノも、心を満たしてくれる。

何よりも「モノ」が好きなわけ。
それは「モノ」は外側からやってくるということ。

狭い心を、自分の限界を、鎖を、解き放ってくれるのは「モノ」だと。
心のふれ合いだけでは得られない「質感」を与えてくれるものだと。
信じているから。


今が歪んでるのだとすれば、それは「モノ」が余っているからではない。
「モノ」に寄せようという心がだぶついているからだ。
これだけ多くの、自分の外側にある「モノ」たちを触れ、より分け、追い求める機会に恵まれているのに、おのれの小さい心で、愚痴をいうのは、
心が、「モノ」に油断しているから、
だぶついて、いるからだ。

現代の物質文明の時代こそが、真に心をゆたかにしてくれるのだと、私は信じている。
心に逃げずに、「モノ」と真摯にむきあい、その多様さ、豊かさで心を律することができれ、ば。