クロス・ポイント 〜あしたのジョーはヤバイ7〜

世の、多くの国家、生命、物語にはクロスポイントというものがあります。
衰退への一途、はたまた華麗なる終末への助走。良い意味でも、悪い意味でも、折り返し地点。二度とは戻れぬその場所が、折り目が、確かにあるのです。
今回、矢吹ジョーが、カーロス・リベーラが選び、衝突し、そして駆け抜けて行ったのは、クロス・ポイント。
お互い二度と触れ合わぬ、その瞬間だけに許された、一期一会(いちごいちえ)。

あしたのジョー(7) (講談社漫画文庫)

あしたのジョー(7) (講談社漫画文庫)

ジョーは、その時、どん底にいました。
特高少年院の檻の中よりも、さらに暗い、冥い、ドサ回りのボクシングの一員として。
力石との一戦で彼を死に至らしめたジョーは、そのトラウマ*1によって試合中に嘔吐。そして、ボクシングの表舞台から姿を消します。
命のやり取り。牙をむき出し、相手に立ち向かった真剣勝負の世界。そんな表世界を去り、お膳立ての、決まりきった結末の待つ、ドサ回りのボクシングの世界へと、彼は堕ちていったのです。
リングの野獣。ボクサーは四角い檻の中の生き物。しかし、その檻は誰も立ち入れぬ男の世界。獣の世界。そこに土足で入ったものはかみ殺されても文句が言えない神聖不可侵な聖地です。ジョーが闘争心を燃やし、自ら飛び込んだのはそんな四角い檻だったはずです。
しかし、今度の檻は違います。全てが周囲からのお膳立てで構成された檻。中の獣は、相手に噛み付く自由すら与えられません。動物園の死んだ目をしたライオン。死んだ餌しか与えられぬ、生殺与奪を奪われた、最強の、獣。
凛とした剥製の方がまだましやもしれません。己が獣であることを忘れられない、ジョーのような生き物にとっては…。
一方のカーロス・リベーラ。南米出身のボクサー。
貧民街出で、甘いマスク、ジョーとよく似た境遇の彼は、ジョーとは別の理由で己の「獣」を隠さねばなりませんでした。
彼はそのあまりの強さから、チャンピオンに警戒され、世界タイトルに挑戦できないでいました。そこで、彼は白木葉子のプロモートによって日本で八百長試合を行うことになります。そう、八百長試合によって自分の弱さを演出すれば、チャンピオンはその餌に釣られて自分への警戒を解く。
ジョーとは別の意味で野生を秘めた「獣」。しかしジョーとは違って獲物を罠にはめる為の撒き餌。戦略的な檻。
二匹の、異なった事情の檻にいる獣。ジョーとカーロス。そんな二人が、白木ジムのスパーリングで出会いました。
ジョーはカーロスを意識していました。彼は獲物を待つ「獣」だと。
カーロスはジョーを意識していませんでした。しかし、その嗅覚は過た(あやまた)なかった。
双方は、双方を「獣」だと、四角い檻の中で認識したのです。
そして繰り出されたクロス・カウンター。そう、クロス、クロスカウンター。
これこそが、彼らの運命を、
カーロスには地獄への一本道を、
ジョーには頂点への一本道を、
それぞれ与えることとなった、運命のクロスポイント。
つづく

*1:思えばトラウマというものを正面から本格的に書いたのはこの漫画が初だよなぁ