ジャンプ主義と正面から対峙したマンガ −テニスの王子様−

友情、努力、勝利。この言葉に聞き覚えがある人は多いと思う。
そう、週間少年ジャンプの三大セオリーである。ドラゴンボールキン肉マンなど、ジャンプを彩るバトルマンガたちはこのジャンプ主義を掲げ、栄光の座へと上り詰めていった。ジャンプの王道にして覇道たる原則である。
しかしこの「友情、努力、勝利」のうち、「勝利」に対してアンチテーゼを投げかけるマンガがジャンプの中に胚胎していたのである、それが「テニスの王子様」。

テニスの王子様 37 (ジャンプコミックス)

テニスの王子様 37 (ジャンプコミックス)

kaienさんのブログに

テニプリ」は途中で投げ出してしまったのでよくわからないけれど、ネットで感想を読むかぎりでは、むしろ王道のバトル漫画に思えますね。
 まあ、じっさいは違うのかもしれないけれど、それならそれで、「少年ジャンプ」過去の名作、『リングにかけろ』や『キャプテン翼』とどこが違うのかということは明快に語られるべきだと思う。

「リンかけ」と「テニプリ」の落差。 - Something Orange

とあったので自分なりの見解で「テニスの王子様」の画期性とその特徴を述べてみたいと思う。
私も立ち読みしているうちはこのマンガの持つ本当の意味が分からなかった。ただ一つ、他のマンガとある一点だけ違うところがあり、いつもそれが気にかかっていた。
「このマンガ。いつも中途半端なところで終わる」
連載マンガの常套手段として「ヒキ」というものがある。読者の期待を煽るところで次回に続き、読者の関心を引き付けておく手段だ。しかしテニプリの続き方は「ヒキ」とは少し違う気がしていた。試合が終わるところまで順当にマンガは進む。だが
勝敗が言い渡される前に終わるのである。
そう、格闘マンガと違ってテニプリはスポーツマンガである。相手を消滅させたり、再起不能にしたりすることはないのだ、多分、タカさん以外。
・・・なので負けた人間と勝った人間は、審判からゲーム結果を告げられるまで分からない。それが述べられるのが次の週の冒頭なのである。それも、あっさりと。それが一番よく分かるのが十二巻の桃城対千石戦である。審判から「ゲームセット」が告げられ、コートに仰向けになっている桃城を背に千石が立っている。このシーンだけ見れば千石が勝利したように見えるだろう。しかし次の週であっさり言い渡されるのだ「ウォンバイ 青学 桃城」と。
そう、極めて勝敗が見えづらいマンガなのである。しかも勝利は次の週にあっさりと言い渡され、一週引っ張る余韻や意味をあまり強く打ち出しているとは思えない。そこで私は考えた。
テニプリにおいては「勝利」は最優先事項ではない」と。
例えば全国大会の氷帝戦。桃城対忍足戦において、桃城は風を味方につける圧倒的な超能力で忍足を追い詰めた、しかし負けたのは桃城である。同じようにダブルス、大石・菊丸ペア対宍戸・鳳ペアの戦いでも大石・菊丸ペアは自身のダブルスの集大成である「シンクロ」という大技を発動させた。しかし彼らは敗れるのである。従来のジャンプマンガでは新しい技を開発した人間は必ず勝利を掴んでいる。しかしテニプリにおいては彼らはいずれも敗れているのだ。だからといって彼等が弱いということにはならない。いや、むしろスコア的に勝った人間よりも、試合内容で勝利したと言えるのだ。
そう、テニプリで真に重要視されるのは勝敗ではない。その過程である。
許斐剛の描き方は勝利を主眼としてそこに向かうものではない。選手の戦いの過程を中心に描き、勝敗はあくまで副産物なのである。必ずしも多く勝つものが強いわけではない、最強に近い存在の手塚や不二も敗れる。だからといってドラゴンボールの如く負けたキャラが下っ端へと追い込まれることはない。現に物語の最初に青学に負けた不動峰は、その後もトーナメントに食いつき、ベスト4、5ぐらいの地位を維持し続けている。そう、勝敗よりも過程。スコアに表れない「強さ」が存在し、それを見せているからこそ勝敗に関わらずそれぞれのキャラが「強い」と読者に認識されるのである。
テニプリのキャラ人気が広範に分散しているのも、このようなところに原因があると思われる。明確に強さによるピラミッドを設けない。勝敗よりも試合内容を丹念に描き。「試合内容では勝っていたが、勝負には負けた」というケースを用意することによって最強、最弱といった「数値に見える強さ」によるキャラの峻別を意図的に避けているのだ。これによって多くのキャラを同じ土俵に立たせることができるのだ。*1
そう、勝っても負けてもそこに敗者はいない。勝利者しかいないのである。つまりジャンプの友情、努力、勝利における「結果の勝利」と異なる、「過程の勝利」という概念をテニプリは打ち立てることに成功しているのである。
テニプリ以上に「勝利」という概念に戦いを挑んだマンガを、私は知らない。

*1:ただし越前リョーマ以外。なんせ王子様ですから。つまり王政の王以外は皆平民であり、均等に並んでいるということ。そんな彼も手塚に敗れている。そして今回金太郎と引き分けた。彼のトップの立場も分からなくなってはきている。